東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2968号 判決 1978年10月31日
控訴人・附帯被控訴人(原告)
松野良子
ほか二名
被控訴人・附帯控訴人(被告)
永井昭一
主文
(一) 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)松野良子に対し金一四〇万八三四七円及び内金一二五万八三四七円に対する昭和四七年一月七日から支払ずみまで、控訴人(附帯被控訴人)松野幸子に対し金六万六二九〇円及び内金五万六二九〇円に対する右同日から支払ずみまで、控訴人(附帯被控訴人)松野二三四に対し金七二万〇六五九円及び内金六二万〇六五九円に対する右同日から支払ずみまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人(附帯被控訴人)らのその余の請求を棄却する。
(二) 控訴人(附帯被控訴人)松野幸子の控訴及び被控訴人(附帯控訴人)の控訴人(附帯被控訴人)松野良子・同松野二三四に対する各附帯控訴は、いずれも棄却する。
(三) 訴訟費用は第一・二審を通じてこれを五分し、その三を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、その余を控訴人(附帯被控訴人)らの負担とする。
(四) この判決の第(一)項の1は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者双方の求めた裁判
一 控訴人(附帯控訴人、以下単に「控訴人」という。)らは、本件控訴の趣旨として
「(一) 原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
(二) 被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)は、控訴人松野良子に対し金二二九万五七六〇円及び内金一九四万五七六〇円に対する昭和四七年一月七日から支払ずみまで、控訴人松野幸子に対し金二一万〇二〇七円及び内金一九万〇二〇七円に対する右同日から支払ずみまで、控訴人松野二三四に対し金三一万九〇四八円及び内金二六万九〇四八円に対する右同日から支払ずみまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言を求め、附帯控訴については附帯控訴棄却の判決を求めた。
二 被控訴人は、本件控訴については控訴棄却の判決を求め、附帯控訴の趣旨として
「(一) 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人松野良子に対し金八七八七円、控訴人松野二三四に対し金一三万五三九六円及び内金八万五三九六円に対する昭和四七年一月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人松野良子、同松野二三四のその余の請求及び控訴人松野幸子の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は第一・二審とも控訴人らの負担とする。」
との判決を求めた。
第二 当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠の提出・援用・認否は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(但し、原判決一四枚目表八行目末尾に「(甲第二二号証は一・二)」と附記する。)。
一 控訴人らの主張
控訴人松野良子は軽四輪貨物自動車を時速六〇粁で正常に運転していたところ、時速一〇粁で交差点に入つてきた被控訴人運転の普通乗用自動車が右折のため加速したうえ控訴人車の後部に衝突したため、控訴人良子は気持が動転するとともに、衝撃により車体が宙に浮くように蛇行し、一五・五米空走した後、三二・七米滑走して電柱に衝突したものであつて、その間、同控訴人において理性をもつて電柱に衝突することを避けうるように車を操作することは到底不可能であるから、同控訴人に過失はなかつたものというべく、よしんば若干の運転繰作上の過失があつたとしても、被控訴人の重大な過失に比較すれば、控訴人らの損害につき過失相殺の規定が適用されるべきではない。
二 被控訴人の主張
被控訴人運転の自動車はその右前部バンバー附近を控訴人車の右後側部にほんの少し衝突させたにすぎない。一方、右衝突後の控訴人車のタイヤ痕は衝突地点から一五・五米の地点より始まり、そこから三二・七米離れた電柱まで続いていることから考えると、控訴人良子には衝突後適確に制動措置をとるだけの時間的余裕があり、そうすることによつて電柱との衝突は十分に防げた筈である。それ故、本件事故による被控訴人らの損害は、控訴人良子の運転操作の誤りに基因するところが大であり、被控訴人にも過失があるとしても、両者の過失割合は、控訴人側が六、被控訴人が四であると認められるべきである。
理由
第一 本件事故の発生とその原因に関する当裁判所の認定・判断は、原判決がその理由一・二として判示するところ(原判決一四枚目裏一一行目から一九枚目裏三行目まで)と同一であるので、これをここに引用する。したがつて、被控訴人は控訴人らに対し、本件事故によつて被つた損害を賠償する義務がある。
第二 そこで、各控訴人の損害額について判断する。
(一) 控訴人良子
1 同控訴人の負傷の程度と治療状況
原判決一九枚目裏一一行目の「治療を受け」の次に「(但し入院日数は昭和四七年一月七日から三月一六日まで及び同年三月二四日から五月一四日までの一二二日間)」と附加したうえ、原判決一九枚目裏六行目から二〇枚目表一行目までの判示をここに引用する。
2 治療関係費 計金六六万八〇二三円
控訴人良子の主張する治療費のうち、日立港病院に金四五万七九八〇円と金一三万二〇四〇円の合計金五九万〇〇二〇円、東海村診療所に金一万六四三三円の支払のなされたことは被控訴人の認めるところであり、前掲(引用部分)甲第一ないし第一八号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一九、第三八、第四〇号証、原審における控訴人良子本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、控訴人良子は右のほか治療費(本人負担分)金四二五〇円、診断書代金一万円(控訴人が日立港病院の治療費に含めて主張している甲第五号証記載の診断書料金二〇〇〇円を含む。)、入院雑費金三万六六〇〇円(一二二日分)、通院交通費金一万〇七二〇円の損害を被つたことが認められる。
3 逸失利益 計金八一万五四七八円
前掲甲第一ないし第一二号証、乙第九、第一三号証、成立に争いのない甲第二〇、第二一号証に原審における控訴人良子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、本件事故当時まで控訴人良子は、夫の営む建築請負業の補助者として、自動車の運転・経理・使用人の世話等少からぬ労働に従事しており、かたわら、一家の主婦として夫や子供二人の面倒もみていたこと、そして、税法上青色申告の承認を受けている夫から昭和四六年中は金三八万八一〇〇円の給与を受けたが、昭和四七年中は入・通院及び退院後にも残つた頭痛・頭重感・局所のしびれ等の後遺症のため夫の事業には従事しえず、給与を受けることができなかつたこと、通院を止めた昭和四八年一月以後も右後遺症状は完全には消失せず、前額部等に醜状痕を残し、昭和四九年四月の診断で後遺障害一二級の一二号に該当するものと認められたこと、昭和五〇年一一月頃からは、同控訴人は保険の外交員を始め、月に金四万五〇〇〇円から金一〇万円程度の収入を得、症状を自覚することも疲労時に限られるようになつていることが認められる。
右認定の事実関係に基づいて判断すると、(1)事故後一年間について前年度の給与所得に相当する金三八万八一〇〇円、(2)右金額及び統計(賃金センサス)によれば昭和四七年における女子の全産業労働者の平均給与額が金六九万二五〇〇円であることを勘案すると、前記事業上の労働と兼ねてなされる同控訴人の家事労働は一日につき金一五〇〇円と評価するのが相当であるから、右一年間のうち入院中の一二二日につき家事労働相当分として加算されるべき、右評価額によつて計算した金一八万三〇〇〇円、(3)事故後二年目以降三年間につき、労働能力の減退による損失として、次の計算から算定される金二四万四三七八円(388,100円+1,500円×365)×10/100×ホフマン係数(3.5643-0.9523)
以上合計金八一万五四七八円をもつて、本件事故と相当因果関係にある逸失利益と認めるものを相当とする。
4 慰藉料 金一二〇万円
原判決二一枚目裏七行目の「4(一)の事実にもとづき、」を削除のうえ、右七行目から同末行までの判示をここに引用する。
5 弁護士費用 金一五万円
原判決二二枚目表二行目から同七行目までの判示をここに引用する。
(二) 控訴人幸子
1 同控訴人の負傷の程度と治療状況
原判決二二枚目表九行目から同裏三行目までの判示をここに引用する。
2 治療関係費 計金三三万八一四七円
原判決二二枚目裏五行目から二三枚目表二行目までの判示をここに引用する。
右のほか、原審における被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人が控訴人幸子のため支払つたと主張する金額のうち金三万〇九〇〇円は、同じく控訴人二三四のため支払つたと主張する金三万一三二〇円とともに、控訴人ら三名の入院中必要とした付添人の賃金及び紹介手数料合計金一〇万六六二〇円(詳細は、原判決二五枚目裏八行目の「金五八〇〇」を「金五八二〇」と、同一〇行目の「金八〇八〇円」を「手数料金八八〇円」と、同一一行目の「金三万四三二〇」を「金三万四四〇〇」と訂正のうえ、同四行目から末行「認められる」までの判示をここに引用する。)の支払に充てられたが、被控訴人は、自己の支出した右費用を自賠責保険に請求するにあたり、便宜適当に区分して控訴人らの名を使用したにすぎないことが認められる。そして、現実に各控訴人に要した額を個別に分割して認定するに足りる資料のない本件においては、各控訴人の損害としてこれを分割するには、それぞれの入院日数からうかがわれる症状の重さに応じてするのが相当であり、その割合は、ほぼ、控訴人良子が五、同幸子が一、同二三四が二となるから、これによつて右費用を按分すると、控訴人幸子について要した付添費用は金一万三三二七円となり、右の限度において是認されるべき控訴人の弁済の主張は、右損害の存在を前提とするものであるから、損害額の算定にあたつては、右金額も加算されるべきである(ちなみに、控訴人良子分については、控訴人側で控除した額を超える弁済の主張がないので、ここで算定される付添費用の加算はしない。)。
3 慰藉料 金二〇万円
原判決二三枚目表四行目から同九行目までの判示をここに引用する。
4 弁護士費用 金一万円
原判決二三枚目裏三行目の「金五万円」を「金一万円」と訂正のうえ、二三枚目表一一行目から同裏四行目までの判示をここに引用する。
(三) 控訴人二三四
1 同控訴人の負傷の程度と治療状況
原判決二三枚目裏六行目から二四枚目表一行目までの判示をここに引用する。
2 治療関係費 計金二九万三五〇五円
原判決二四枚目表三行目から同裏一行目までの判示をここに引用する。
右のほか、被控訴人が控訴人二三四のため支払つたと主張する付添費用のうち、控訴人幸子について判示したところと同様の理由により、控訴人三名のために支払われた付添人費用全額中、控訴人二三四については八分の二相当額がその損害として計上されるべきであり、その額は金二万六六五五円となる。
3 逸失利益 金五万円
原判決二四枚目裏三行目から同九行目までの判示をここに引用する。
4 慰藉料 金八〇万円
原判決二四枚目裏一一行目から二五枚目表八行目までの判示をここに引用する。
5 弁護士費用 金一〇万円
原判決二五枚目表一〇行目から同裏三行目までの判示をここに引用する。
第三 過失相殺について
当裁判所も、本件事故による損害の発生については控訴人良子にも若干の過失があるので、過失相殺の規定に則り、右に判示した各控訴人の損害のうち、慰藉料及び弁護士費用を除くその余の損害につき、各二割を減ずるを相当と判断する。その理由は、原判決二七枚目表一〇行目に「姪」とあるのを「夫の甥で、夫のもとに勤務していた松野益一の妻」と改め、二八枚目表四~五行目の「次のとおりとなる。」を、「控訴人良子につき金一一八万六八〇〇円、控訴人幸子につき金二七万〇五一七円、控訴人二三四につき金二七万四八〇四円となる。」と改めるほか、原判決二六枚目裏六行目から二八枚目表五行目までに判示されているところと同一であるので、これをここに引用する。控訴人らは過失相殺をなすべきではないと主張し、逆に被控訴人は控訴人らの損害につきその六割を減ずべきであると主張するが、当裁判所としては、いずれにも左袒しえない。
第四 控除すべき額について
一 控訴人良子は、被控訴人から治療費として金六〇万八四五三円(日立港病院分金一三万二〇四〇円と金四五万九九八〇円、東海村診療所分金一万六四三三円。同控訴人はその合計額を金五九万九四五三円としているが、誤算ないし誤記であることは、右内訳及びそれを裏付ける前掲甲第四ないし第六号証に照らし明白である。)を、また、自賠責保険から後遺症障害補償として金五二万円を各受領したとしてその合計額一一二万八四五三円を、控訴人幸子は被控訴人から治療費金三一万二四〇〇円を受領したとして右金額を、控訴人二三四は被控訴人から治療費として金二三万七四九〇円を、また、自賠責保険から後遺障害補償として金一九万円を各受領したとしてその合計額金四二万七四九〇円(原判決事実摘示中二五枚目表九行目に同控訴人の主張として金四二万四四九〇円とあるのは、明白な誤記)を、各自の損害額から控除されるべきものとして認めている。
二 被控訴人が控訴人幸子に支払つたと主張する金三万〇九〇〇円、同二三四に支払つたと主張する金三万一三二〇円については、控訴人ら三名のための付添人費用の支出中の一部に該るものと認められるところ、右支払額中、控訴人幸子のための支出としてその損害から控除することを相当とされるべき金額は金一万三三二七円、控訴人二三四のための支出としてその損害から控除することを相当とされるべき金額は金二万六六五五円となることは、損害額の認定欄において判示したとおりである。
三 さらに被控訴人は、自賠責保険から控訴人幸子の治療費として金八万八五〇〇円(同控訴人の自認する金三一万二四〇〇円と合わせて金四〇万〇九〇〇円)の支払がなされていると主張し、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第二二号証の一・二、原本の存在及び成立につき争いのない甲第四四号証、成立に争いのない乙第二〇号証の一・二に原審における控訴人良子本人尋問の結果を総合すると、控訴人幸子の両親は、同控訴人の親権者として、同控訴人のため、自賠責保険の被害者請求手続をとつて保険金を受領することを日立港病院の医師伏屋惇に委任し、同人が同控訴人の代理人として金四〇万〇九〇〇円の保険金の支払を請求し、昭和四七年七月四日にこれを受領したことが認められるので、同控訴人の損害は、右代理人の保険金受領により、その額の範囲で填補されたものというべきである。もつとも、控訴人自認額との差額金八万八五〇〇円については、それが同控訴人の日立港病院に対する治療費の支払に充てられたことを認めるべき証拠はなく、弁論の全趣旨に徴すると治療費は当事者間に争いのない金三一万二四〇〇円にとどまることがうかがわれるのに、差額金八万八五〇〇円が現実に同控訴人の別費目の損害の補填に充てられたことを認めるべき証拠も存しないけれども、右は委任者と代理人との間における清算関係が未了であることをうかがわせるにとどまり、被害者が代理人を通じて受領した保険金による損害の填補を否定すべき理由とすることはできない。同控訴人の本訴請求が、右差額分相当の損害が填補されたことを前提とし、これを控除してなされているものでないことは、弁論の全趣旨により明らかであるから、結局、右差額相当額は、さきに認定した同控訴人の全損害額中から差し引かれなければならない。
第五 結論
以上のとおりであるから、前節一ないし三で認定した各金額を控除すると、被控訴人は、控訴人良子に対し金一四〇万八三四七円及び内金一二五万八三四七円に対する不法行為の日である昭和四七年一月七日から支払ずみまで、控訴人幸子に対し金六万六二九〇円及び内金五万六二九〇円に対する右同日から支払ずみまで、控訴人二三四に対し金七二万〇六五九円及び内金六二万〇六五九円に対する右同日から支払ずみまで、それぞれ民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、控訴人らの本訴請求は右の限度で理由があるものとして認容されるべく、その余は失当として棄却されるべきである。
よつて、控訴人良子、同二三四の各控訴及び被控訴人の控訴人幸子に対する附帯控訴に基づき、右と異なる原判決を変更することとし、控訴人幸子の控訴及び控訴人良子・同二三四に対する被控訴人の各附帯控訴は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条・八九条・九二条・九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 小林信次 横山長 三井哲夫)